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小椋式彫金術

エンジェルリング
07 /05 2020
「小椋式彫金術を 001.から読みたい人はコチラから!」

Vol.015

で、教室を始めた時の俺には、約2年のブランクが有りまして、「どんなモンかね?」と思って、いたのですが、生徒さんの前で実演する。みたいな時に、「意外と腕は、錆付いていないよ。ね。」と感じた訳で、手に職とは、良く言ったモノで、頭じゃ無くて、手の筋肉が作業工程を記憶しているみたいな事やと思うのですが、それに関しては、問題無くても、簡単に説明すれば、2年間止めたエンジンに火が入らない状況で、其処からモノ作りに復帰するのに何年も掛かった記憶が有るのですが、例えば、生徒さんの親御さんからの頼まれモノで有ったり、ショップ時代の顧客様からも単発で依頼が有ったりで、そっちの方も序々に感が戻りましたが、モノ作りに対する情熱みたいなモンは、全然戻らなくて、結構な時間を必要としましたが、教室の方は、一種のモノ作りブームみたいな事も有り、右肩上がりで急成長してまして、結構早い段階で、エルがアシスタントに成りまして、直ぐに講師に昇格して、二人掛りで、教えても週末とも成れば、当時、四つ有った加工机が満杯に成り最盛期には、生徒さんの数も今の四倍位おられまして、予約を断る事も結構有った様に記憶しております。。

でね。アメリカ時代に話は、少し戻りますが、当時、友人や知人宅で見かけた小さなマッキントッシュ(パソコン)や所属していた学校(GIA)でも、2D の、CAD で設計した課題用の石枠のベースみたいなのも見てまして、その時に、「何れは、ジュエリーもコンピューターで作る時代が来るのじゃ?」と思ってまして、震災後位から本格的にパソコンやグラフィック系のソフトの勉強を始め、教室が始まってからも、3D CG 系のソフトを少し勉強したりも有りましたが、「何か違うよね?」とも感じてまして、アレは、確か?2005年位に、「どうやら、3D CAD と言うソフトで立体物は、作るみたいやね。」と分かり、それと前後して、ジュエリーの工場で、ライノを使って、ジュエリーの原型を作っていた生徒さんが教室に参加されまして、色々と情報を聞き、そのライノセラスと言うソフトの体験版を使って、勉強を開始したのですが、何とも難解なソフトで、半年ほど取り組んだ結果、「俺には、無理なんじゃ?」と思い、一時勉強を中断したのですが、2006年位から教室に参加された別の生徒さんが、その年の末に、3DESIGN CAD と言う主にジュエリーを作る目的で開発された、CAD を購入されて、「先生!教えて!」って、そんなの俺触った事も無くて(笑)、どうしたモンかと思案した結果、当時の代理店の社長さんに相談したら、「教育機関用のアカデミー版が有りますので、それで勉強されたら?どうでしょうか?」みたいな流れに成りまして、その翌年から本格的に勉強を開始したのですが、そのソフトって、妙に肌に馴染むと言うか?そもそもライノセラスは、汎用性の高い、CAD でして、何でも作れるけど、別にジュエリー専用と言う訳でも無くて、ジュエリーを作るには、別に、それ専用のプラグイン(※お助けソフト)が無いと、みたいな事でしたけど、3DESIGN に関して言えば、当然にジュエリー関係者も開発に参加していた痕跡も有りまして、逆にジュエリー畑の俺には、開発者の意図みたいなモンが分かりやすかったのだと思いますが、そっからは、怒涛の勉強ラッシュで(笑)、寝食を惜しんで、そのソフトの探求に励んだ訳ですが、それが後に思わぬ結果を生むとは、当時の俺には、まったく窺い知る事は、出来ませんでしたとさ。。(^^♪

Vol.016

因みに、3DESIGN の勉強を始めると同時に、ブログを開設しまして、日々のモデリング画像を何点も添えて、毎日の様にアップした。みたいな事でして、その当時は、CAD を使って、仕事や金儲けをするなんて、意識もさらさら無くて、自分にとっての、CAD とは、自分の頭の中に有るイメージを具現化して、くれる言わば、ドラえもんのポケットみたいな存在だった訳で、兎に角楽しくて、面白くて、しかも、6年も7年も、燻っていた。モノ作りへの情熱が爆発した!みたいな事でして、しかも、その爆発は、単なるそれじゃ無くて、核爆発級で(笑)、瞬く間に、その(モノ作り系)ブログ内で、一位の座を獲得して、毎日結構な数の閲覧者さん達が見に来ていた。みたいな状況で、そんな事が半年も続いた頃に、カズミさんが教室を訪れまして、「3DESIGN を習いたい!」みたいな事で、同じ、GIA の卒業者でも有り、関西の宝飾業界で長年働いたキャリアも似ていて、直ぐに意気投合して、そっからは、二人掛りで、3DESIGN にディープインして行ったと言っても、あくまでも楽しみの範囲内と言うか?当時は、まだ、「やっぱ!ジュエリーは、手作りでしょ?」みたいな意識も強くて、CAD は、デザイン画の代わり程度の認識でしたが、その年の暮れが近づいた時に関西の工具屋さんを通じて、東京に有る関連機器のメーカーさんから打診が有りまして、「3DESIGN の販促の為にデータの作成を依頼したい。」との事でして、って、実は、そのメーカーさんとは、キャスト工場の時代に色々と、お付き合いも有りまして、顔見知りの社員さんも複数おられた関係上、お断りする理由も無くて、快諾した結果、結構な数のデータを作成して、それなりの工賃も頂いたのが、CAD で、お金を儲けた最初と成りまして、しかも、その年の暮れに、「来年の、IJT で、3DESIGN のセミナーを開催するから講師に成って欲しい。」との依頼が来て、その時に初めて、「何だか?俺の知らない所で、エライ事に成っているのでは?」と思った訳ですが、流れと言うか?何と言うか?そのまま一気に押し切られて、翌年の、IJT のブースに立つ事に成りました。

で、カズミさんと二人で、東京に出向き、IJT の会場に入って、吃驚したのが、通常は、どのブースもオープンと言うか?通路から中の様子が見えるみたいな意味ですが、その時のブースには、完全に外部から遮断された個室が作られていて、厳重な警戒の元、社外秘なセミナーが開催された。みたいな事でして、これまた俺の知らない所で、その会社の、ジュエリーCAD プロジェクトみたいなモノに組み込まれていた。みたいな事でして、「何だか?話が大掛かりに成って、来たよ。ね。」とも思いましたが、それ以上に驚いたのが、見た事も会った事も無い人達が、総勢で、50人以上、その会社のブースに俺目当てで押し寄せたみたいな事でして、「何時もブログを拝見して、おります!」みたいなノリで(笑)、さながら会場が、俺のファンの集いみたいに成ってまして、関係者や興味の有る人限定ですが、多分、その時点では、日本で一番に有名な、ジュエリーCAD 使いだったのかな?と思います。。

でね。俺は、彫金教室の主催者。相手さんは、企業さん。みたいな状況で、その会社の傘下に半ば強制的に組み込まれて(笑)、他の企業さんとも付き合いが…、みたいな状況で、こっちも法人に成らないと釣り合わないとの観点から、その年の2月にカズミさんと共同で、株式会社ミシュレイを起業した訳ですが、その時から個人事業主として教室を運営しつつ、会社役員として、会社の経営にも携わりまして、言わば、二束のわらじ状態と成った訳ですが、それは、今も継続しており、その時から12年以上が経過しましたが、ほんと!人の人生って、どう転ぶのか?分からないモンやと、つくづく思います。よ。的な~。。(^^♪

追記:

何かね。こんな風に俺のジュエラーとしての半生を書き出してみると、俺が、とんでも無い幸運の持ち主で、成功者みたいにも見えますが、実際には、がむしゃらに成る、一時的に拡張する。そして、失敗、挫折。みたいな事を繰り返しているだけでして(笑)、今回の話の趣旨とは、異なる部分は、大幅に割愛しておりまして、今現在に至るまで、恐ろしい数のエピソードが存在する訳ですが、成功と失敗と言う概念から言えば、どちらかと言えば、失敗寄りの人間でして、つまり、世の中も人生も、そんなに甘くは、無いと言う事ですね。ええ。。(^^♪

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Ogura

神戸市東灘区で、ジュエリーCADと彫金技術全般を、お教えする彫金教室エンジェルリングを主宰し、株式会社ミシュレイのジュエリー制作者としても活動。59歳男性、ジュエリーの世界に足を踏み入れて、結構な年数が経過しましたが未だ現役で頑張っております。よ。。(^^♪