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小椋式彫金術

エンジェルリング
06 /04 2020
Vol.002

でね。その後に帰国して、大阪のとある宝石卸の会社に入社した俺ですが、その会社の工房と言うよりも所謂、加工場に案内されて、吃驚した訳で、何故ならば、キャスト関連の器械が見当たらなかったからで、その当時のアメリカでは、様々な方法で作られた原型を元に型を取って、キャストして、仕上げる作り方が主流だったからですが、当時の日本にも甲府や関東方面に関西の一部には、ジュエリーの量産工場も有りましたが、僕の勤めていた南船場界隈には、キャスト屋さんすら無くて、多くの高額商品は、手作りにて、作られていたと・・・

で、おもむろに、「こりゃーえらい所へ迷い込んだな。」と思った訳で、一応、アメリカの学校で、ファブリケーション(※米語で手作りの意味)の基本的な事は、学んで来ましたが、俺が知っているのは、ゴールド系のそれで、それに対して、当時の日本では、プラチナが主流で、同じ貴金属と行っても似た部分も有りますが、その特性が大きく異なり、アメリカの学校でも、一つだけプラチナの石枠を作る課題が有りましたが、そんなのじゃ全然おっつかないみたいな事で、其処から取引先の職人さん達や昵懇に成った工具屋の社長から、様々な情報を聞き出したりも有りまして、何故ならば、俺の勤め先にいた先輩職人さんは、台湾の方で、日本語でのコミュニケーションが不得意みたいな事と、台湾では、どうやら将来のライバルに成る可能性の有る人間は、育てないみたいなポリシーも有るらしく、殆ど、技術を教わる事も無く、文字通り見て覚えた(※技を盗んだ)みたいな世界でした。よ。あはは。。(^^♪

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彫金講師徒然

エンジェルリング
06 /03 2020
habu002.jpg

昨日は、大阪は、南船場に有る、「(株)波部(ハブ)商会さん」、に工具を買いに行った訳ですが、ぱっと見、とてもじゃ無いけどショップに見えないと言うか?まるで、工具や道具の倉庫みたいなノリですが…、この、お店とは、店舗が都島区に有った時からの、お付き合いで、俺が、20代後半の頃からですが…、先代の社長と、会った瞬間に意気投合しまして、まあ、俺が、アメリカの工具事情に詳しかったからも有りますが、お店が、南船場に移ってからは、仕事帰りに立ち寄ると、「一杯いきまひょか?」みたいなノリで、良く居酒屋に連れて行って頂いたり、今の俺は、男寡婦(おとこやもめ)ですが(笑)、俺の結婚式にも参列して頂いたりと公私共に、お世話に成った!みたいな事ですが…、先代が、お亡くなりに成った後には、弟さんが後を継いで、甥っ子さんも一緒に働いて、おられますが、プチ自慢を、かまさせて頂くと、この倉庫みたいな店の何処に何が格納されているのか?俺ってば、ほぼほぼ把握しております。よ。あはは。。

元祖キツネうどん

でね。南船場と言えば、「元祖キツネうどんの店」でして、なんでも、ココの先代が、甘辛く煮た、油揚げを、うどんにトッピングした最初の人らしく、ですが…、実は、俺ってば、ココで、キツネうどんを食した事無くて(笑)、俺の注文は、「おじやうどん」もしくは、「大阪おじやうどん」が定番でして、簡単に説明すると、鍋焼きうどんに、ご飯(白米)が、入っている感じでして、ココの看板メニューと成っておりまして、俺の若い頃に南船場界隈で、働いていた時には、しょっちゅう、お世話に成った店ですが、お昼時とも成れば、近隣で働く、ジュエリー系の会社の社員さんで、ごった返す店でも有りますが、その内の80%以上が、オーダーするのが、おじやうどん系な訳ですが、大阪おじやうどんは、具材が豪華で、お値段も、¥1.000円を超えるのですが、給料日後とかの懐の暖かい時だったら注文するのもアリなんじゃなかろうかと?っす。。

habu001.jpg

で、話を工具屋さんに戻すと…、大体にして、工具屋さんつーのは、業界スズメの集う場所でも有りまして、色々な話を聞けるのも、おもろですが…、「今時の糸鋸刃は、何?」と聞くと、「スーパー・パイクが、お勧めですね。」と甥っ子さんに言われて、「俺も、それ使っているよ!」と成り、「グロスで、なんぼ?」と聞くと、「¥2.700円ですね!」と言われて、「高いな(笑)。」って、「えっえー!」と成りまして、「海力さんなら、確か?もっと安かったはずじゃ…。」と言えば、「いやいや、うちの方が少し安かったはず…。」って、後で、調べたら本当に、¥100円位、波部さんの方が安かった。です。よ。あはは。。(^^♪

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彫金ノ道具工具

エンジェルリング
06 /02 2020
加工机

教室に装備されている加工机です。画像のモノは、アメリカのそれをベースに講師のオグラが日本人の体格や住宅事情に合わせて再設計したモノで、建具屋さんに作って頂きました。基本的にこの机が有れば大方の作業が可能でして、天板の位置が一般的な机より、かなり上に有り、スリ粉等を回収する引き出しも装備されております。

木台

金床付きの木台です。サイズ的には色々と有りますが必ずしも必要な道具では有りませんが貴金属を叩いて伸ばしたり変形させる時には重宝します。

ローラー

ローラーと呼ばれる工具ですが、主に貴金属を圧延したり角棒に伸ばすのに必要なモノです。ご自分で地金を溶解され手作りを主とする人にとっては必要なモノですがワックス主体の方ならば、さほど必要ないと思えます。

アンビル

金床、アンビル、サイコロなど呼び名は様々有りますが地金を変形加工したり叩き伸ばすのに必要な道具です。加工時には強い衝撃や音が派生しますので出来れば木台の上での作業が望ましいです。

ハンドバイス

木万力、手万力、ハンドバイスと呼ばれる道具ですが各種板材に角棒やリング形状に鑢(ヤスリ)を掛ける時に有ると便利です。

糸鋸

糸鋸には国内外に様々なメーカーが存在しますが色々と試してみて自分に合ったモノを選ぶのも重要な事です。

鑢

ヤスリには国産のも有ればヨーロッパ製のモノも有りますが、高価なモノ程切れが良く長持ちする傾向に有ると思えます。

プライヤー

ニッパーやプライヤーには様々な種類が有りますが、後に加工し易い国産品に対して欧米のモノは加工せずに、そのまま使うモノが多数を占めます。

リューター

リューターにも様々な種類が有りますが、これ一つで切削加工、磨き等を行う事が出来るので、予算に応じて一つは持つべき工具とも言えます。

シリコン

リューターに装着して使用する先端ツールで主に研磨に用いるモノですが様々な種類が有りまして画像のは代表的なシリコンポイントとセラミックです。

カッター

カッティングバー、もしくはカッターと呼ばれる先端ツールですが主に石留に使われるツールでヨーロッパ製が多く、その種類は用途に応じて多種有ります。

ブローパイプ

画像はブローパイプと呼ばれるバーナーですが、プロの使う酸素式のトーチからカセット式の簡易なモノまで様々な種類が有りますがロウ付けやなましには必要な道具なので手作りを主体とするなら一種類は持つ必要が有ると思います。

空け型

主にゴールドやシルバー等の溶解した地金の空型です。形状的には縦型のモノと横置きのモノが有りますが地金の溶解をされる方には必要な道具です。

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小椋式彫金術(001.~002)

エンジェルリング
06 /01 2020
Vol.001

アレは、確か?高校生の頃だったかも?父親の親友で神戸で宝石商を営む人がおりまして、大手とまでは、言えませんが、年商換算で、数十億円の売上げを誇る人だった訳で、その人が中華料理をご馳走してくれる、みたいな運びと成り、家族3人で、出かけました。

で、その人の家に到着すると玄関に大きな象牙の彫刻が有りまして、よくよく見たら三蔵法師一行が天竺へ向かう様をかなり大きな象牙に彫りこんで有りまして、「おじさん、コレ何?」と聞くと、「ボク(※父親の友人関連は、俺の事をボクと呼ぶ、中年に成っても(笑))、コレはね、大阪の万国博覧会で、中国館に展示されていたモノでね、大体、3.000万円位するんだよ。」って、玄関開けたら、いきなり3.000万!って、その時点で、俺の頭の中が吹き飛んだ訳です。

でね。その後に食事会とあい成りましたが、総勢で、20名位おりまして、その内訳は、置いて於いて、結構な要人達の集いでしたけど…、その人ってば、毎晩そんな晩飯会を開催しているみたいな事でしたけど…、当時の俺の印象として、「宝石商って、なんぼ程に儲かるのか?」でした(笑)。

んで、その後に、その人のお宅に戻って、大人連中は、マージャンとかに打ち興じている時に、その人が書斎に俺を呼んで、「ボク、コレが、なんとかの星だよ!」って、名前忘れましたけど、鳩の卵大位のダイヤモンドを見せられた訳で(汗)、その時には、それが、何十億単位の宝石だとは、知りませんでしたけど…、何か凄いよね。的な。。

そして時は流れて、俺が22歳に成りかけた時に、父親が独立開業して、そのお陰で、アメリカに留学させて頂いた時に、何となくテキサスに有ったカレッジ内のジュエリースクール(学科)に入学を申し込んだ訳ですが、その後に世界的に有名な、GIA へと進み、その頃に、そのお人が、「ボク、君の作ったジュエリーを、おじさんが、1.000万円でも、2.000万円でも値を付けて、数え切れない位にいくらでも売ってあげるから、取りあえずは、アメリカから帰国したら、イタリアに渡って、どんな小さな賞でも良いから現地イタリアで、ジュエリーデザインの賞を取りなさい。」って、なんなん?

そして、運命の1987年、4年間のジュエリー留学を終えて、そろそろ帰国の準備でもするか?と思っていた矢先に珍しく母親からの国際電話が有りまして、「どしたの?」と聞いたら、「あの人の会社が倒産したで!」って、そっからですね、俺のジュエラーライフが大きく軌道修正されたのは(笑)、ですが…、個人的には、気が楽に成ったと言うか?自分が、そんな大したモンじゃねーとの認識からですが、北野の事は、夢乃また夢っすね。的な~。あはは。。(^^♪

Vol.002

でね。その後に帰国して、大阪のとある宝石卸の会社に入社した俺ですが、その会社の工房と言うよりも所謂、加工場に案内されて、吃驚した訳で、何故ならば、キャスト関連の器械が見当たらなかったからで、その当時のアメリカでは、様々な方法で作られた原型を元に型を取って、キャストして、仕上げる作り方が主流だったからですが、当時の日本にも甲府や関東方面に関西の一部には、ジュエリーの量産工場も有りましたが、僕の勤めていた南船場界隈には、キャスト屋さんすら無くて、多くの高額商品は、手作りにて、作られていたと・・・

で、おもむろに、「こりゃーえらい所へ迷い込んだな。」と思った訳で、一応、アメリカの学校で、ファブリケーション(※米語で手作りの意味)の基本的な事は、学んで来ましたが、俺が知っているのは、ゴールド系のそれで、それに対して、当時の日本では、プラチナが主流で、同じ貴金属と行っても似た部分も有りますが、その特性が大きく異なり、アメリカの学校でも、一つだけプラチナの石枠を作る課題が有りましたが、そんなのじゃ全然おっつかないみたいな事で、其処から取引先の職人さん達や昵懇に成った工具屋の社長から、様々な情報を聞き出したりも有りまして、何故ならば、俺の勤め先にいた先輩職人さんは、台湾の方で、日本語でのコミュニケーションが不得意みたいな事と、台湾では、どうやら将来のライバルに成る可能性の有る人間は、育てないみたいなポリシーも有るらしく、殆ど、技術を教わる事も無く、文字通り見て覚えた(※技を盗んだ)みたいな世界でした。よ。あはは。。(^^♪

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Ogura

神戸市東灘区で、ジュエリーCADと彫金技術全般を、お教えする彫金教室エンジェルリングを主宰し、株式会社ミシュレイのジュエリー制作者としても活動。59歳男性、ジュエリーの世界に足を踏み入れて、結構な年数が経過しましたが未だ現役で頑張っております。よ。。(^^♪